2017-06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

久々連日更新

タイトル通りの連日更新です.

なんで今回に限って連日更新の目途が立っていたのかというと・・・


選挙の期日前投票をする予定だったからです

本来であれば投票日は今週末21日ですが,あいにくその日は予定があってギリギリか間に合わないかになってしまいそうだったので初の期日前投票を利用してきました.

通常の投票会場とは異なる会場なんですが,前々からそこでやっているのは知っていたので大学帰りに寄って投票を済ませました.

このブログに選挙・投票について書くのは3度目くらいでしょうか?
その時にも書いたような気がしますが,他に選挙を広めて投票の大事さを世に訴える場を知らないしやる気も中途半端なのでここでこうして書いて触れることにしています.

今回は前回の選挙より期日前投票の割合が増え,投票率が改善されるのではないかという注目もされているようですね.ようやっとか,といった感じです.

本来であれば投票して当たり前,投票率が9割切るなんてありえないぐらいであってほしいのですが・・・まぁいきなりは無理でしょうね.いきなりは無理でもこの勢いで増えて行ってほしいです.



ヨーロッパ諸国,とくにスウェーデン(でしたっけ?)かなんかが税金がすごく高い分,国民の生活満足度も非常に高いという国はやはり投票率も段違いにいい国です.政治が生活の一部であるとする社会ができているんでしょうね.すばらしいことだと思います.
税金が高いのに国民の満足度が高いっていうのが何よりの証拠ですよ.要するに「ちゃんと自分たちの生活に還ってくるから税金は多少高くてもいい」ってことだと思います.単純な商売でもそうですよね,「も総合的,長期的に考えた値は張るけど質のいいものを買う」ってことと同じじゃないでしょうかね?

普通の買い物と同じ感覚で政治が動いていけばきっとこうしたこともできるんじゃないかと思うんですが,やっぱり甘々な考えなんですかね?あいにく法学部の人間でも政治学部の人間でも経済学部の人間でもないので詳しいこととか現実性についてはわかりませんが.


未だ日本は「選挙のための政治」感がぬぐえない気がしますし,それを黙認してしまっている空気もある気がしますがそうしたものを改善していく機会こそ選挙だと思います.だからこそ有権者は自分の一票の責任をきちんと考えることが大切なんじゃないかと思います.

なんていうたまには真面目なお話でした.


それでは


追伸
夕方からの雨が思いのほか強かったですね.折りたたみ傘じゃなく普通の傘がよかったです.
スポンサーサイト

情けない千葉

ライブのことを書いた次の日なんですが急に真面目というか社会問題について書こうと思います.


先日17日,私の住んでいる千葉県では千葉県知事選挙が行われました.
候補者は現職知事を含め3名.いずれも無所属の候補です.


まず,どうしても投げかけておきたいことがあります.

なぜ千葉県民はこうまで政治に対する意識が低いのか

選挙結果は現職が圧倒的多数を占めて当選したわけですが,問題なのは投票率

投票率31.96


つまりこれは10人に3人しか選挙に参加していないわけです.
で,この中で票が割れているわけです.実質的に現職を支持した人を千葉県民の総数で考えたらそれ以下なわけです.これで千葉県の政治の最高責任者が決まっちゃうわけです.

これをもし会社に置き換えて考えてみたらいかにありえないことなのかがわかりやすくなると思います.
自分の会社の社長を選出したら会社内の支持は30%以下だった人になったってことです



ついでに言っておくと全員無所属とはなっていますが,息の掛かったという意味では現職は自民党,新人の一人は共産党です.
あともう一人の立候補者は・・・立候補手続きのみして消失という前代未聞の事態


何がしたかったのか全く分からないです.
取材も完全拒否,顔写真NG,事務所なし,提出された連絡先(携帯)は常に電源が切られた状態という謎っぷり.

千葉県民をバカにしているとしか思えないですね.そしてバカにされても仕方がないでしょうね.


当選した森田健作知事が万歳をして,これからの抱負を語っていました.
アクアラインのこととか,外環道のこととか.


でもですよ.
いったいこの結果のどこに万歳する要素があったというんですか.


むしろ恥じるべきです.そして道路のことをどうのうこうの言うよりも投票率をあげるためにどうするべきかを真剣に深刻に考えるべきです.無効票ならまだしも投票していないというのは「自分たちの住んでいる地域の政治なり,社会なんてどうでもいい」ということになります.
これを深刻な社会問題と言わずしてなんというでしょうか?

さらには全くなんにも情報の無い候補者まで出てくる始末.


真面目な人ほど千葉にいたいとは思わず東京に出ていく現象が発生し,さらに千葉の発展が遅れるという悪循環を起こしかねないでしょう.

私はまだ千葉県を嫌いになりたくないのでこうして主張を可能な限り訴えていくと思います.
それでは



追伸
明日はちょっと気温が下がるみたいですね.寒暖が激しいなぁ

あれから2年

なんで更新しないほうがカウンターって回るんでしょうね?ただのタイミングなのかな?

地味にどういったときにカウンターが良く回るのか詳しく科学的に論理的に調べてみたい気もするんですがまぁそれは置いておきましょう.


本来であれば昨日一昨日のことを書くんですが・・・今日は特別な日なのでそっちのことですね
別にテレビの特番に乗っかる気はないですがね.致し方がない.


本日,3月11日は言わずもがな東日本大震災の日です

もうあれから2年が経つのですね.早いものです,あっという間です.
去年の今頃はスキー漬け状態だったので書いてませんが2011年の暮れには少し触れたと思います.それだけやはり私の中では強烈な出来事でした.

今は自分の部屋もだいぶ整理されていますが,冗談抜きでもし震災の時に自分の部屋にいたら私は身体に重大な怪我をしていたか,あるいはこの世の人ではなくなっていた可能性だってありました

それくらい当時の部屋は散らかっていたし,ものが大量に倒れてきていて大変でした.もしあの下敷きになっていたかもと思うと今でもぞっとします.



後は自分で実際に被災地を見に行ったという大きな経験のおかげかもしれません.忘れられない,忘れてはいけない出来事だと痛感したのを今でも覚えていまし,だからこそ今でもこうしてブログでも取り上げています.



あれから2年,私としては「あれほど悲惨な災害を忘れてはいけない」というのも重要ですが,今後どうやって具体的な復興をしていくべきなのか,そのためにどうしたらいいのかを考えるのも重要だと思います

各地で活断層の調査が進み,それに伴って震災の危険性についての議論が進んでいますが議論するだけで次の震災に対処できるわけではないですし復興が進むわけでもありません.

それらは実際に人が行動して初めて進むものだと思います(議論だけして勝手に物事が動く世界があるのなら見てみたい)


原発廃止に向けて具体的に何をしたらいいのか?がれきの撤去は?仮設住宅で暮らしている人たちの今後は?産業再開に向けては?人員の確保は?それらを実行するための資金の工面は?

考えなければいけない問題はこの他にもたくさんあります.
現実的にこれらをどうやって解決していくのかを考えて,試作段階でも動き出していく必要があると思います.

実際,がれきの撤去などは少しずつ進んでいるのでしょう.
でも私を含め「考えてるばかりで動けない」というのが実状な気がします.

この状況にどれだけの危機感を持ち,どれだけ行動に移せるのか.国が考えるべきだと投げるのではなく一人一人が考えることも重要だと思います.どれだけ国会が騒いでいても実際に何かするのは騒いでいる人自身であるということはほとんどなく,別の機関だったり民間だったりするのが現実です.


今まさに自分で書くことしかできない,考えることしかできないというのが訴えたいことと矛盾しているため説得力なんて皆無でただの戯言にしかなっていないのは自分でも理解しているつもりですが,だからといって考えることもせず,意見を言わないというのはもっと状況を悪くすると思えてくるのでこのようにブログに書いてみました.



それでは



追伸
今日は割と花粉症症状が引いていたのでちょっとはすくなかったんでしょうか?

食文化連想ゲーム

今日は久しぶりに食事全般のこと,言ってみれば食文化のことについて書いてみようかと思います.

というのも今日の昼ごはんでしょうもない疑問を覚えたものですからw


百聞は一見にしかずではありませんがとりあえず今日のお昼ご飯をご紹介


s-DVC00289.jpg
親子重


全国チェーン(だよね?)の大戸屋の親子重です.
和食メインのレストランです.まぁ一般的なファミレスとかよりも少し値段がする気もしますがその分しっかりとした食事になっていると思います.味も悪くなく結構大戸屋自体好きだったりします.


・・・で,味は良かったんですが今回の論点は味ではありません.
このお店,先ほども書いたように和食をメインに扱っています.ってかたぶん和食の枠を超えるものは無いと思います.和食の食事で使う食器って言ったら私の中では箸になります

当然,このお店にも置いてありました.
が,ここで写真に注目.特に写真下部に注目してください





これスプーンだよね?

ただ単に親子重だけを食べるのであれば確かにスプーンというのは食べやすいでしょう.
ですが写真からもわかるようにお漬物やお味噌汁もあるわけです.
これをスプーンで食べるのは・・・多分違うよね?w

ここで思わず思ってしまったのは「おいおい日本食レストランなのにスプーン推奨ってどうなんだよ」って
そう思って最初は意地でも箸だけで食べてやろうって思ったんですがさらにふと気が付いたんです.

このスプーンはカレーやシチューのような洋食を食べるようなタイプのスプーンではないよな,と


雰囲気だけ見れば和風の食器に見えなくもないわけで・・・
この手の食器をどうあらわすか自分で悩んでしまいました.スプーンっポイけど和風イメージのもの.

そこで仮にこれが蓮華であると考えてみました
どっちかっていうと蓮華より構造はスプーンに近いと思うんですが食文化化すると蓮華のほうがしっくりきそうな気がします.


さらにさらにここから疑問は膨らみます.
じゃあこの食事をするにあたり蓮華はありなのか,無しのなのか?

あ,もちろんこの場合の有り無しは「食べやすかどうか」ではなく「食文化的に許容できるか否か」です.
蓮華がどこの国出身の食器はわかりませんがたぶんアジア系だろうなとあたりを付けて考えると・・・

うーん,アウトにはならなそう.
ただこの基準はアジア系というくくりですね.ではこのくくりを日本食にまで狭めてみましょう.


日本食に蓮華はありかなしか.
気持ち的にはギリギリアウトなんですが,最終的にはセーフという自己裁判を下してみました.

なんかやっぱりスプーンに見えてしまいかねないんですよね.そう見えてしまう時点でアウトっていうのと箸を扱いを大事にするっていう気持ちがギリギリアウトの要因です.

それでもセーフの判定にする理由は何か.
ラーメンを日本食にカウントしたいからw

理由雑w
ってかたぶんそれこそラーメンは中華そば出身だろ!ってな議論が起こりそうですが.
中華そばとラーメンってやっぱり違うと思うんですよ.そこを区別したいがために中華そば→中国出身 ラーメン→日本出身 ってしたいと思ったのですw


まぁそもそも親子重食べるのにマナーもなにもありませんがw
そんなどうてもよさそうなことを考えながら箸と蓮華両方を使いながら食べた親子重でした

うん,普通に食いやすかったな蓮華w

それでは


追伸
・・・結局雪降った?

なにかできたはず

徹夜の作業の甲斐あってどうにかレポートを提出することができました.

最後のほうは自分で何を書いているのかわかんなくなってましたがw
まぁ提出さえすれば何かしら点数はもらえるだろうと思っています.どうせ自由単位分だしw


さてさてそんなどろどろばてばて状態なんですが,明日も早くて5時半には家を出る予定だったりします.
というのも夏から来ていた祖母が高知に帰ることになりまして.今回はめずらしく移動に飛行機を使うため羽田空港から出発します.あ,一応言っておきますが私はいきませんよ?一緒に行くのは母だけです.

時間を聞いたら羽田まで見送りに行ってもまだ間に合いそうな時間だったため送っていくことにしました.





正直,いまだに私自身は今回の動きに納得はしていません.結論から言うと祖母こちらで一緒に暮らすというのは無理だったという結論なんですが.
なんのために連れてきたのか,なんのために長期でいたのか.まぁその答えが出て,それが「無理」という言葉一つで片づけられてしまうというわけなんですが.

我が家は非常に特殊(少なくとも一般的では絶対ありません)なのでストレスも難しいところだとは思います.
ただね,円満家庭であろうとも家族間の影響によるストレスってゼロにはならないじゃないですか.
そこらへんもっと考えたり,現状のとらえ方を変えてみればどうにかなったんじゃないかなと思うんです.

が,実際にはそれぞれがぞれぞれでばらばらに動いてしまってお互いが歩みよろうという姿勢を作ることができませんでした.祖母も祖母で考えることができないらしく,真面目な話でも途中でへそ曲げて放棄してしまいます.
年を取るとあぁもわがままになってしまうものなのでしょうか.

自分の考えるべきものを放棄する,責任を放棄する瞬間をあぁも堂々と見せつけられると非常に残念な思いになります.年寄りになったって大人は大人だろうに.最低限自分でかんがえなきゃならないことってあると思うんですよ.それができないのも歳のせいというのはおかしいと思います.
だって世の中にはそれができている人だっているのだから.それは私が知っているできている人がとてもしっかりしているのか,それともそれが一般的であるのか議論が分かれるところだと思うんですが.
でも私が気が付く範囲でそれだけの人がいるってことは同じような距離にいる祖母からしたって見えている周囲は大差ないと思うんです.それが見えてないのか,見ようとしてないのかは完全に後者でしょう.

いやになって話を投げ出すというのはそういうことだと私には思えてしまいます.

無論,私や母にもこのような事態になってしまった責任はあります.ないはずがありません.
一番手っ取り早い話がそうなる前に連れて来ればよかったってことですから.

それ以外にももっとできたことがあるんじゃないかなと思います.
久しぶりにやらなかったことに対する後悔というをしみじみと感じました.


それでは

追伸
明日は晴れることを切に願います.

«  | ホーム |  »

カウンター

プロフィール

冬毛のオコジョ

Author:冬毛のオコジョ
どうも冬毛のオコジョです。
写真は仮ですw

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (6)
バトン (19)
遊び (32)
日常 (290)
小ネタ (8)
意見・考察 (23)
釣り (7)
音楽 (9)
アニメ・音楽 (11)
車 (14)
スキー (23)
ご飯とか (31)
心理テスト (4)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。